
『押忍!!!』立ち合いが始まった。僕は渾身の息吹を入れ、戦闘態勢に
入った。『待てっ!!』僕の雰囲気が大きく変わった事に師範は気づいた。
そして娘に打ち込ませることを【 危 険 】と判断し止めたのだ。
女性は止まった。『なあに?いいよ、言われた通り防具付けてるし!』
対して僕は防具の着用を断った。それは自分の空手が防御を攻撃とする、
判り易くいえば、(受ける)こと自体が攻撃なのだ。「刃物に向かって
蹴るのと同じくらいの危険性」といえば判り易いだろうか。
師匠は僕の構えを見て、止めた。その判断は的確だったと思う。
『いいから見てて! 防具もつけない様なふざけたヤツ!さっき私のケリで
鼻を曲げてやったんだから!!』
彼女自ら暴露した。僕から言うつもりはなかった。何故なら武術家として
「無抵抗な者に拳や脚を向けてはならない」と、教わってきたからだ。
暴走族相手に暴れた時は、怒りに任せてこの教えに反した。
記憶に無いとはいえ、これでは武術家失格だ。
それを分かっていたから僕は言わなかった。
『そうか、やっぱりか・・・』そう言うと師範は僕たちの元に静かに
歩いてきた。ゾクッとするほどの気迫である。僕は咄嗟に構えた。
『このバカタレが!!』そう言うや否や、師範は娘を壁まで投げ飛ばした。
顔面を守るフェイスガードが外れて吹っ飛んだ。周囲も唖然としている。
師範がすっと僕の視界から消えた。立っている僕の前で正座をしたのだ。
僕もあわてて正座した。礼儀である。 そして師範はこう続けた。
『礼儀も知らんバカ娘が大変失礼な事をしました。親ばかだと罵られても
いい。もし娘の行いを許してくれるのなら、私は師範の座を降りる。』
と首を垂れ土下座された。

『なっ!!!!!!』 娘さんも周囲の稽古生も呆然としている。
僕にはこの言葉の意味、そして師範の想いが痛いほど判る。親はなく、
自分が信じた行為を過剰防衛暴力と言われ、更に正義だと思って
やってきたことが結果的に地域住民に迷惑を掛ける結果になった。
お嬢さんが僕に対してやった行為はまさしく「無抵抗な者に対する暴力」
なのだ。そこに空手の道は無かった。僕は一歩下がり師匠に言った。
『押忍!師匠、頭をあげて下さい。大変失礼な事を申し上げます。
私には幼い頃から親がおりません。重ねて信じ続けてきた空手を裏切り、
破門になりました。誠に勝手ながら、もしお許し頂けるのであれば、
師匠の空手を私に教えて戴けませんでしょうか?何卒、私に空手に触れる
チャンスを与えてください。白帯の一番下から修練致します。』
僕は深く首を垂れ、懇願した。師匠は厳しい顔で僕に言った。
『君の事は知っているよ。空手連盟の中でも大騒ぎになったからね。私は
女の子たちを救った君の行動を一概に悪だとは思わない。武術家として
あの人数相手に素手でよく立ち向かったと思う。一つ確認させてほしい。
空手連盟の中で最後まで明らかにされなかった真実。。。正直に答えて
くれるかな?』
僕はごくりとつばを飲み込んだ。凄まじい気迫に押し倒されそうだった。
師匠は優しい目で僕に言った。『君は最初に攻撃を受けたのだろう?』
僕もその思いに応えるべく、真っ直ぐに師匠の目を見て言った。

『はい。木刀で後ろから頭を割られました。』師匠は続けた。
『なぜその事を言わなかったんだ?まあ、あそこまでやってしまったら
言った処で結果は同じだったとは思うが。なぜ言わなかったんだい?』
『武術家として対複数人相手の稽古をして段位を取得している以上、
素人の不意打ちで頭を割られたなど、恥ずかしくて言えませんでした。』
『そうか。それが君の答えと願いなのだな。わかった。重ねて娘の愚行は
詫びさせてくれ。そしてこの道場は空手連盟に属していないから公式の大会
等には出られない。それ故、流派の違う者を拒まない。それでも良いか?』
『押忍!宜しくお願いいたします!!』僕はそう言い深々と頭を下げた。
師匠は一転ニッコリと笑顔で僕の手を取り立ち上がって大きな声で言った。
『いいか!ここに流派は違えども純粋に空手を好きな達人がいる。彼の段位
は私より上だ(師匠は3段、僕は4段だった) その彼が1から空手をやる
と宣言した。この申し出に文句のあるやつはいるか?』
2人手を挙げた。 お嬢さんともう一人の男性である。後にこの男性が
道場の準師範だと知る。

『納得いかないねぇ!一方的に止められて投げられて、男同士の話で和解
だって?いくら父親と言えどもそれは違うんじゃないの?』とお嬢さん。
『自分もです!どこの馬の骨か知りませんが、あの暴力事件のヤツです
よね。空手を暴力に使うような奴は自分は認めません!!』と男性。
2人の言う事はもっともだ。それを聞いて僕は道場を立ち去ろうと思った。
『じゃあよう、お前ら風間君と立ち会え。それで負けたら認めろ(笑)』
師匠が悪い顔で笑っている。「この人もヤンチャしてきた人なんだな」
『上等だよ!私がぶちのめしてやるよ!!あんた公園で女・子供には手を
挙げないなんて格好つけてたけど、試合となったら別だよなぁ?』
まったく血気盛んな女性である。『そうだね、試合となれば別かな。押忍!
師匠、私に防具を貸してください。ケガをするかもしれませんので。』
認めなかった2人と稽古生たちはクスクス笑った。『ケガだってよ(笑)』
師匠は判っていた。
僕がケガをさせてしまうかもしれないから防具を欲した事を。
『おい、俺の防具持ってこい!!』師匠が準師範にそう命じた。
なに!という顔をしながらもそこは師範の命令だ、彼が持ってきてくれた。

『押忍!ありがとうございます』そう言って受け取ると防具を身に着けた。
『押忍!師匠!身体が冷えてしまいましたので柔軟だけやらせてください』
『ああ、構わんよ。 お前らも柔軟やっとけ!』本当に悪ガキの表情だ。
柔軟が終わって一息つき師匠の目を見た時、ニヤリと笑って師匠が言った。
『俺が審判をやる。風間君は君の流派でやればいい。急所攻撃以外OKだ』

この『風間君は君の流派でやればいい』という言葉が僕に全てを悟らせた。