
『あんた、うちの道場に道場やぶりにくるつもり?笑える!私なんか
ペーペーだから、あんたなんかボッコボコにされるわよ(笑)』
『ごちゃごちゃ喋ってねぇで、どこか言え!!』流石の僕も殺気立った。
その気配を彼女も感じて『へぇ、面白いじゃん。着いてきなよ(笑)』
僕は舎弟に『すまん。ケリつけてくる!』と言い残し彼女に着いていった。
『臆病者が!着いてこられるもんなら着いてきてみな!』そう言うと彼女
はすごい勢いで走り出した。単車で走っていたから何となくだが距離は推測
できる。5~6㎞は走っただろうか。。。息はかなり上がった。
『へぇ、あんた着いてこられるんだ(笑)ただの馬鹿じゃないんだ(笑)』
この女性はどこまで僕を挑発するのか。僕はやり方は間違っていたかもしれ
ないが、正義の為にやってきた。暴力事件の後バイトもクビになったが、
毎日朝刊配りの新聞配達は欠かさず走ってやってきた。タバコも吸ってない
し、もちろんシンナーなんて吸ってない。それくらいの体力はある。

『着いたよ。入んなよ。』 そこは空手道場だった。活気のある声が聞こえ
た。汗と床の木の臭い。サンドバックには乾いた古い血の跡がある。
僕も何度も皮がめくれて出血してはかさぶたになり、また出血しては・・・
を繰り返して、拳の皮が硬くなるまでサンドバックを叩いたものだ。非常に
懐かしいし、この空気がたまらなく好きだ。
破門になったとはいえ僕も武術家だ。靴を脱ぎ揃え、靴下を脱ぎ服装を整え
脱いだ服で流れる鼻血を拭き、上半身裸の状態になり、敷居をまたぐ前に
座して『押忍!失礼します!』と一礼した。さっきの土下座とは違う。
武術家としての礼だ。稽古をしていた門下生さん達が静まり返った。
『よう、来たかね、暴力少年(笑)』そう言いながら道場で一番の師匠と
思われる人が近づいてきて僕の前に正座した。『押忍!失礼します!』
僕はまだ敷居をまたいでいない。子供の頃に女の子の家にお招きされた時
と同じだ。「入っていいですよ」とお許しが出ない限り、敷居はまたぐべき
ではない。『ほう・・・礼儀は判っているとみえる。顔をあげなさい』
『押忍!!』僕が顔をあげると折れている鼻をつまみグイッを曲げられた。

あまりの痛みに『クッ!!』と声は出たが、そこは僕の負けん気がそれ以上
の声を出させなかった。『へぇー、肝も据わっとるな(笑)鼻は真っ直ぐに
なったぞ。止血してやるからしばらく待ちなさい』
『押忍!!』真っ直ぐにしてもらえたとはいえ、出血は酷くなった。
『おい、茜!彼にタオルを持ってきてあげなさい。』と師匠。
『えーー!何でこいつにそんなことしてやらなきゃいけないの?』と女性。
『師範としての命令だ。返事は押忍だ、馬鹿者!!!』師範が叱責した。
『押忍!!』さっきまでのじゃじゃ馬娘が僕の前に正座し、『どうぞ』と
タオルを持ってきてくれた。
『止血するまでそのタオルで鼻根部を抑え、止血しなさい。』と師匠。

『押忍!!ありがとうございます!!』タオルはすぐに血まみれになった。
『よし、ちょっと痛いぞ!』そういうと、止血剤のついたカット綿を両鼻
に詰められた。そりゃあ痛かった。まるでワサビを突っ込まれた感じだ。
それでも声は出さない。その代わり鼻だけに涙は出る。僕はしばらくタオル
で顔を覆い、涙は見せないようにした。
『あはは!それ、痛いだろう(笑)どこの悪さ坊主とケンカしてきた?』
まさか土下座してお嬢さんに蹴り上げられて・・・なんて言えない・・。
『押忍!!ランニング中に躓いて転んで顔から落ちまして、お嬢様に助けて
ただきました!!』 『どこでだい?』『押忍!〇△公園です!』
僕は正直に答えてしまった。しまった!!と思った時には遅かった。。
あそこからここまで5㎞くらいあるだろう。『汗びっしょりだな。娘の
ロードワークに着いてきたのか?』『お、押忍!!』『ふーん(笑)』
師匠はお見通しだ。何よりも娘の言動がそれを物語っていた。
『何でこんな奴に!』というキーワード。血の付いたランニングシューズ。
だからタオルで娘が言い返した時に武術家として師匠は叱責したのだ。
『君の事はいろいろニュースとかで知ってるよ。気持ちは間違ってないし、
その想いもわかる。でもやり方が間違っていたことはわかるか?』
もう、ウンもスンもない。『押忍!自分は良くしたい!と思い信念を持って
やってきました。しかしながら先程お嬢様から「人様に掛けている迷惑」に
ついて教えて戴きました。走りながらそれを考え、行動方法が間違っていた
と考えました。押忍!』
『そうだね。空手の拳は正義の拳。一切の見返りを求めず、己を磨き、
最終的には闘わなくても治められる境地に辿り着くための試練なんだよ』
「ああ、。この人はあの時亡くなった僕の兄弟子と同じことを言っている」
すごく嬉しかった。
『素人ではなさそうだから、ちょっと道着きて見せてくれ。おい、道着!』
そう師匠が声を掛けると、さっきのお嬢さんが『押忍!どうぞ!』と持って
きてくれた。さっきとは大違いだ。
『押忍!今ご用意できるのは新入生向けの白帯しかありません。。』
『押忍!!結構です。道着を着られるだけでも幸せです!』
僕は着替えていきなり黒帯の有段者と対戦する事になった。
『まずは茜、行きなさい!!』『押忍!!!」かなりの気合いだ。
『うちはフルコンタクト空手だ。防具必要かね?』
『押忍!私は必要ありませんのでお嬢さんにはお願いします。武術家として
立ち会うからには、手抜きは失礼です。私もしっかりとやりますので。』

『わかった茜、防具を付けなさい』『えー!私が??』

『お前はこの少年との力の差がわからんのか!!さっさと付けろ!!』