
僕をいじめっ子から守っていてくれていた女子にお呼ばれされて、
僕は女子達の家に良く遊びに行っていた。「いじめられっ子は本が友達」
というのはあながち間違いではない。当時は今みたいにスマホやゲームが
無かった為、逃げ込める場所が本しかなかったのだ。僕は三国志が好き
だった。中でも「横山光輝先生の三国志」。学校の図書館に置かれている
漫画だった。何回も何回も読み、その内には活字の三国志を読み漁った。

その後のブームは「狐狸庵先生こと、横溝正史先生」の小説だ。これは
学校の図書室には無かったので、市の図書館に毎日のように通っては
読み漁った。判らない漢字は横に国語辞典を置いて調べながら読んだ。
こんな日常だったので学校の勉強は別段ノートを書かなくても、教科書に
ちょいちょいと線を引く程度で各教科ほぼ満点だった。大人が読んでも
難しい本を読み漁っていた僕にとって、先生が小学生にわかるように
教えてくれる授業は、「次のテストはここね!」と教えてくれている
様だった(決して先生のレベルを云々言うものではない)
だから女子達に人気があった。乱暴で無骨な男子に比べ、弱弱しくも
勉強は出来て、先生の言いたい事を子供目線で解説できるからだ。
その話を子供から聞いて『風間君、お誕生会に招待したら?』などと
女の子の催し(ひな祭りやクリスマス会)等も呼んでもらえた。
男の子が来るとあって、お邪魔するお家のお母さんは娘以上に張り切って
お部屋や廊下もピカピカ、すごいご馳走、ケーキに紅茶など、貧乏長屋の
僕には楽園だった。あちこち女子のお家に招待される度、『○○ちゃん、
風間君と結婚したら幸せになれるわよ♪』とお母さん達からよく
揶揄われたものだ。そんな状況だったから、「算数のテストが72点だった
こと」は僕にとっては怒られる以外の何物でもない大事件だったのだ。

それを聞いた両脇の婦警さんは『あはは、大丈夫よ。風間君ね、
お熱があるの。いま学校でハクションしてる子多いでしょ?きっと風間君
も風邪ひいちゃったのよ。それでお母さんからお医者さんに連れて行って。
ってお願いされたから、一緒に行こうと思って。お母さんとおまわりさんは
お友達なの。おまわりさんにもきみと同じ年の女の子がいるのよー。』
と右の婦警さん。今度は左の若い婦警さんが
『先ずは手に持っているニャンコ、お姉さんが助けてあげてもいいかな?
風間君が今から行く病院は、ネコちゃんは入れないの。私や君みたいな
人間専門のお医者さんだからね。ほら、食べ物屋さんとかでもニャンコや
ワンコはいないでしょ?』気づくと婦警さんが僕の頭をなで、優しく手を
握ってくれている。子供というのは単純なもので、一気に全身の力が抜け
婦警さんの言葉全てを信じた。
『あ・・・だから今ちょっと気持ち悪いのかな・・・』
『そうそう、だって風間君お熱あって風邪ひいてるんだもの。お姉さん達が
特別にパトカーで送ってあげる。お姉さんたちと一緒にいこ♬』
そこからどうやって病院についてどうなったのかははっきり覚えていない。
気が付くと左腕に点滴の針が刺されていて、眠っていたようだ。
点滴は肺炎で入院した幼稚園の時にしたことがあったから、腕に刺されて
いるものが点滴であることは判ったし、自分が寝ているサラサラしたシーツ
のベッドが病院のベッドであることも理解した。ふと横を見るとさっきの
若い方の婦警さんと看護婦さんが椅子に座って僕を見ていた。
『あ、風間君良く寝たねー。おはよう!』
『お、おはようございます・・・』何時なのかもわからない。カーテンが
閉められているので、外が明るいのか暗いのかもわからなかった。勿論
何時間寝ていたのかなんてわかる由もない。ただ、病院というと独特の
アルコール的な臭いという固定概念を覆すように、その空間はすこし
いい匂いだったことは覚えている。
『お腹すいたでしょう?お子様ランチ持ってきてもらうから、それまで
お姉さんがリンゴむいてあげる。いきなりお子様ランチ食べたらお腹が
びっくりしちゃうからね(笑)』 いま考えると不自然極まりない。
病室で入院している子供にお子様ランチ?婦警さんがリンゴを剥いて
くれる?そしてなぜ自分はここにいる? でもその時は素直に嬉しかった。
だって、お姉さんたちが優しくしてくれたから。嫌らしい気持ちではない。
何だかほっとしたような、純粋に子供として(甘えたい)気持ちだった
のだろう。はっきり覚えている。ケチャップベースのチキンライスに

爪楊枝で作られた日本の国旗が立ててあり、ハンバーグ・赤ウィンナー・
小さいひき肉の入ったオムレツ、その脇にオレンジゼリー。別にパックの
牛乳もあった。僕は偏食が無かったしお腹はペコペコだったので一気に
たいらげた。もちろんちゃんと「いただきます」「ごちそうさまでした」は
言った。『おぉーすごーい!男の子だねー!えらいぞー、全部食べたね』
なんだか誇らしかった。食事をして褒められることなんて普段ありえない。
『なんだその箸の持ちかたは!!』『ご飯粒を残すな!!』と家で叱られた
経験ばかりだった。『はーい、ごちそうさまねー。じゃあお姉さん片付けて
くるから待っててねー』え?家では食べたら自分の分は自分で洗う。なのに
お姉さんが持ってきてくれて、食べたら褒めてくれて、お片付けもしてくれ
る。なんだこの幸せは・・・。すごく不思議なポワーンとした気分になった
のを覚えている。カウンセラーとして日々過ごしている自分が今考えるに、
恐らく点滴の中に少量の精神安定剤が入っていたのだろう。あの時の
穏やかで幸せな気分は、きっとそうであろうと推測できる。
『風間君、お風呂入ってないでしょ?お家から着替え持ってきてあるから、
点滴終わったらお風呂はいろっか。病院のお風呂って大きいんだよー』
僕は普段通っていた銭湯を思い出した。流石にそこまで大きくなかったが、
いつもはシャンプーや石鹸を桶に入れて持って入ったのに、病院のお風呂は
それらが全部揃っていた。お湯に浸かっていると扉の向こうから看護婦さん
の声が聞こえた。『風間くーん。脱いだもの洗濯しちゃうから、お家から
お姉さんが持ってきてくれた綺麗なお洋服着てねー。お風呂出たらお姉さん
と一緒にヤクルト飲もうねー。』何という事だ。選択して脱水機かけて
自分で干していたのに洗濯までしてくれて、ヤクルト!!給食の時に余った
ヤクルトはじゃんけんで取り合いになる。それをお風呂上りに貰える。

精神安定剤の効果なのか、あまりの非日常に脳が追い付いていないのか、

僕は幸せいっぱいだった。 そう、次の日の朝を迎えるまでは。