
翌朝目覚めると部屋に1人。昨日お風呂あがってお姉さんとヤクルト飲んで
学校の話して・・フカフカのベッドに入って・・何を話していたのだろう。
いつの間にか眠っていた。というより寝かしつけられていた。次の日朝だ
という事は、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいたので「朝?」と
いう感覚だった。腕にはまた点滴が付けられていた。
『風間くーん、おっはよー!!』昨日とは違う看護婦さんだ。ニコニコ
していて、また違ういい匂いがする。。。
『歯磨きしよっか!終わったら朝ごはん食べようね♬』
僕は上機嫌に『はい!!』と元気よく返事をし、カラカラと点滴の
ぶら下げられた棒と共に歯磨きした。『よし!あっさごはん♬』
すごく明るく綺麗なお姉さん。『お姉さんも一緒に食べていい?』
即答だった。『はい!!』嬉しかった。ただただこの夢のような日々
と優しいお姉さんたちが嬉しかった。朝食も残さず食べ、談話室に
あった横山光輝先生のマンガ三国志を読んでいた時の事。。。
その時はやってきた。
優しいお姉さんが点滴を外し、僕の手を握ってくれた。ドキドキした。
その後ろからコンコンとドアをノックする音が聞こえ、男の大人の人達
が何人か入ってきた。お姉さんは『だーいじょうぶだよ。みんなお姉さんの
知ってる人だから♬』 この一言にホッとしたのを覚えている。

男の大人達とお姉さんは何か話をして、お姉さんが僕に言った。
『風間くん、男の子だねー。お姉さん、手を繋いでてもいい?』
断る理由はなかった。こんなに優しいお姉さんなのだから。
その後、男の大人達はみんな部屋を出ていき、パトカーで両脇に座っていた
女性のおまわりさんが部屋に入ってきた。『風間くんおはよー。』
僕は『おはようございます!!』と元気よく答えた。承認欲求だ。
『おっ!元気になったねー!! 今日はね、風間君に教えて欲しい事が
あるんだー。手を繋いでるお姉さんも一緒に来てくれるから…いい?』
終始明るい会話に僕は迷いなく『はい!!』と答えた。左手はお姉さん、
右手はわかい女性のおまわりさん。二人とも温かくて柔らかい手だった。
その前をもう一人の女性のおまわりさんが歩く。ほどなくエレベーターに
到着した。『さあ、今から4人でエレベーターにのるよー』そう言われて
楽しい気分でエレベーターに乗り、おまわりさんはボタンを押した。
上がっているのか降りているのか当時の僕にはわからなかった。ただただ、
嬉しくて楽しかった。チーンと音がしてエレベーターが開くと、薄暗くて
ひんやりした。『怖い?怖くないよね。男の子だもんねー』ちょっと
怖かったが、お姉さんたちが一緒に居てくれるので大丈夫だった。
『いい、風間くん。お姉さん達一緒に居るからね。』そう念を押された。
『はい!!』と元気よく答えたのを聞いて『よし!大丈夫だね!』
そう・・・言われた。重そうな扉を一番前のお姉さんが開けると、
お友達の女の子の家で嗅いだことのある臭いがした。『お線香?』
僕が口にしたとき、3人のお姉さんは無言でにっこり笑ってくれた。
両手を繋いでもらった状態で2つ並んだベッドに近づく。ちょっと怖い。

一番前を歩いていたお姉さんが僕の目線に合わせるようにしゃがんでこう
言った。
『風間くん、今からお姉さんの言う事をよく聞いてね。お父さんと
お母さん、お星さまになったの。』 何を言っているのかわからなかった。
僕の両手を握ってくれている2人のお姉さんがギューっと僕の手を握った。
『え?・・・』それを聞いてもまだ意味が解らなかった。
『お父さんとお母さん、お星さまになったの。お亡くなりになったの』
「え?・・・お亡くなり???」 まだわかっていない。
『ここに風間くんのお父さんとお母さんが寝てるから、お顔見てくれる
かな?で、本当に風間くんのお父さんとお母さんか、確認してくれる?』
顔に被せられた白い布が外され、間違いなくお父さんとお母さんがそこに
いた。
僕は驚くほど冷静に
『はい、お父さんとお母さんです』 と答えた。
『間違いない?』
『はい、間違いありません。』
『そっか、ありがとう・・・』
両手をぎゅっと握られたまま、僕はエレベーターにお姉さんたちと乗った。
楽しく朝食を食べた部屋に戻り、まるで何事もなかったかのように三国志
を読んでいた。何度も読んだ本なので記憶に残っているが、どの部分を
そのとき読んだのか、全く覚えていない。点滴に入っていたであろう
精神安定剤のせいなのか、現実を直視できないほどのショック状態だった
のかは分からないが、両親の顔を見た後はお坊さんが小さな陶器の壺が
二つ並んだ前でお経を唱えていたところまで記憶が飛んでいる。
もう一つ覚えているのは読経の時にパトカーの中と同じ配列で僕と、
女性のおまわりさんが座っていた事、ずっと手を握っていてくれた事、
そして。両親との別れなのに全く悲しいとか涙が出るとかいう感情が
なかった事だ。
『りゅうじくん、偉いね。。。強いね。。。男の子だね。。。』
この言葉は何も嬉しくなかった。何が偉いのか、強いのか、男の子なのか
解らなかったからだ。
結局パトカーに乗って見た自分の家が、最期に自分の家を見た事になった。
僕は「骨が入っている」と言われる壺2つと、額に入った両親の写真2枚を
持って、病院から児童養護施設に引っ越すこととなった。

全く見ず知らずの、年齢もバラバラの中での生活が始まる。集団生活の
中ではごく当たり前に立場の優劣が存在する。僕は新入りだし身体も小さい
し、一番下である。最初のころは酷いいじめにあった。昔の様に女子が
助けてくれるなんてことは無い。学校ではなく、生活する場所なのだから。
学校ではかばって貰えても、ここではかばってもらえない。毎日が苦痛で
仕方がなかった。他に行く当てもなければ、自ら命を絶つという選択肢も
ない。(当時は子供の自殺が今ほど報道されていなかったし、少なかった)
ただただ卑屈に毎日を過ごすしかなかった。そんなる日、大学の空手部
に所属する人達が、ボランティアで施設を周り子供達にプレゼントを配る
という催しがあった。風間龍二、中学2年生のクリスマスである。当時の僕
は身長が144㎝しかなく、相変わらずガリガリの痩せっぽちで卑屈に生きる
事が処世術だった。目の前にサンタの格好をした屈強な男性達。それなのに
どこか堂々としていて凛とした空気感もある。笑ってふざけて僕よりも
新入りの子供達を肩車したり、両腕にぶら下がらせてメリーゴーランドの
様に回ってみたり。その後には全員純白の道着に雪のちらつく中、
上半身は裸、足は靴も靴下も脱いで素足で、空手の演武を行った。
『格好いい。。。』 思わず口に出た。
『んん?そう思うかい?(笑) 一緒にやってみようか!』

見様見真似だったが、自分の中で何か変わるような気がして、大きな声を
出して一緒にやらせてもらった。
『おおー!!元気のいい声だ!! でも、もっと声出るだろ?(笑)』
屈強な男性の中でも一番小さい男の人が僕にそう言った。続けて、
『いいかい?空手はからっぽの手と書いて空手というんだよ。相手が武器を
もっていても、こちらが女性でも子供でも、負けない強い精神力と心を
鍛えるものなんだ。声を出す時はおへその下あたりにグッと力を入れて
一気に爆発させる感じで 押忍!! と出すんだ。その前に息を整えて全部

息を吐ききって、もう限界ってなったら吸って。声を出す。やってごらん』